「看護婦」という呼称を復活させよう!

通りかかった屋敷からピアノの音が聞こえてくると、その鍵盤上でリズミカルに動いているのは妙齢な美人の華奢な指を想像してしまう。実際は男性が演奏しているかもしれないのに。また、看護師と聞けば、若くて美人の女性を想像してしまう。実際は、40過ぎの男性看護師かもしれないのに。イメージは、かくの如く悪戯に先走りしてしまう。
そういえば、いつのころか「看護婦」という呼称が使われなくなった。「看護婦」が、語尾に「婦」と女性を示す呼称なので、男性がその職種につくようになってから、おかしいのではと、「看護師」という呼称に統一されてしまった。これは、私の単なる個人的な感覚で恐縮だが、実に憂うべきことだ。「看護婦」のイメージが、あの嫌な病院へ向かう気持ちの原動力となっていたのだから。

白衣高血圧という現象がある。病院の診察室などで測定する血圧が、普段の値よりも高く計測される現象のことだ。この現象は、白衣症候群とも呼ばれる。私は、大いにその傾向にある。私は、病院の白衣といえばイメージ的に看護<婦>をイメージする。考えてみれば、医師だって白衣なのだが、どちらかついうと女性好みの私のことだ、白衣イコール看護<婦>となる。前述したように、看護<婦>イコール若くて美人というイメージが私の中で確立してしまっている。そんなこんなで、私は、白衣症候群なのだ。つまるところ、若くて美人な看護師さんにドキドキしてしまうという、私の白衣症候群は、そんな邪なイメージが成せる技なのだ。
そして、それはささやかな私の癒しなのだ。
今私が利用している病院に、これぞ私のイメージする看護婦!だという若くて美人な看護師がいる。私にとっての癒しになるわけだが、この看護師が転職して、転職先の若い男性看護師とくっついてしまったらどうしよう、などと考えてしまったりするのだ。

「看護師」という呼称絶対反対!「看護婦」という呼称復活推進派の私は、声なき声をあげている次第だ。

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